大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2963号 判決

控訴人(原審被告)

成川とよ

外一名

代理人

小池正勝

被控訴人(原審原告)

成川信雄

代理人

渡辺卓郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人成川とよは被控訴人に対し昭和四二年一月一日以降同年一〇月二四日まで一カ月金三、二〇〇円の割合による金員を支払え。

被控訴人の控訴人成川とよに対するその余の請求および控訴人池田三義に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人らは本件訴が被控訴人の意思に基づかないで同人の妻はるの提起したものであり、不適法である旨主張するが、〈証拠〉によると、被控訴人が本件土地の管理その他家事処理の一切を妻である成川はるに包括的に委任していることを認めることができ、この認定に反する証拠はないから右主張は採用の限りでない。

二被控訴人が本件土地を含む墨田区業平四丁目四番五宅地313.02平方米を所有し、控訴人成川がその地上に原判決添付目録(二)(三)記載の各建物を所有して本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人が本件土地についての被控訴人と控訴人成川間の賃貸借契約の解除による終了を原因として本件土地の明渡を請求するのに対し、控訴人らは控訴人成川が本件土地について地上権を有し、右賃貸借契約は無効である旨抗争する。被控訴人は控訴人らの右抗弁は時機に後れた防禦方法であるから却下さるべきであると主張するところ、本件審理の経過に照すと控訴人らの右防禦方法の提出が故意または重大な過失によつて時機に後れて提出されたものとは認められないから右主張は採用しない。しかしながら、当審における証人池田の証言をもつても控訴人成川の祖父鎌吉が被控訴人の祖父兵蔵から本件土地について地上権の設定を受けた旨の控訴人らの主張事実を認めるに足りず、他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。したがつて、控訴人らのこの主張は採用できない。

そして、被控訴人が控訴人成川の亡夫武雄に対し昭和二二年四月一日本件土地を普通建物所有を目的として賃料月額金二、二〇〇円、毎月末日持参払、期間二〇年と定めて賃貸したことは当事者間に争いがなく、右契約が要素の錯誤により無効である旨の控訴人らの主張は、その前提である亡武雄が承継したと主張する本件土地に対する地上権について、その設定を認めるに足りる証拠がないことが前記のとおりであるから、これも採用の限りでない。右武雄が昭和三七年一二月五日死亡し、控訴人成川において武雄の賃貸借契約上の権利義務を承継したことは、右本件賃貸借契約が有効であることを前提に(原審においては無条件に賃貸借の承継を認めていたが、当審においては新たな主張との関係でこのようになる。)、控訴人らの認めるところであり、昭和四一年九月以降の賃料が一カ月金三、二〇〇円であることは争いがない。

本件賃貸借契約は昭和四二年三月三一日期間が満了となるべきところ、前記認定のとおり本件土地の管理について被控訴人のため包括的に代理権を有していた被控訴人の妻はると控訴人成川の間において、昭和四一年三月五日本件賃貸借契約の更新料として金四〇万円を同年四月三〇日以降同年一一月三〇日まで毎月金五万円宛分割して支払う旨の契約が成立したこと、その後同控訴人が右はるの請求にもかかわらず右更新料の支払をしなかつたため同年六月右金員を同年八月および一一月の各末日限り金二〇万円宛支払う旨約定したこと、ところが同控訴人がなお支払をしなかつたため昭和四二年二月五日右更新料に遅滞による損害金および違約金として金一〇万円を加え、合計金五〇万円を同年二月末日限り支払う旨の合意が成立したことならびに右はるにおいて上記金員の支払を同年八月末まで猶予したが同控訴人が支払をしなかつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人らは、右更新料の支払契約は控訴人成川において同控訴人の祖父鎌吉が当時池沼であつた本件土地を自己の費用で埋立てて使用してきた事情を知らなかつたため締結したもので、意思表示の重要の部分に錯誤がある旨主張するけれども、契約締結にこのような事情を知らなかつたとしてもそれだけでいわゆる更新料の支払契約が無効となると解することはできないから、この主張は採用できない。

三被控訴人は、控訴人成川が右更新料ばかりでなく昭和四二年一月以降賃料の支払も怠つていたので、被控訴人において同年八月二九日付書面をもつて更新料五〇万円および延滞賃料の支払を催告したが支払がなく、同年一〇月一三日付内容証明郵便をもつて上記郵便到達の日から五日以内に右更新料および同年一月以降九月までの延滞賃料を支払うよう催告し、右郵便が同月一七日同控訴人に到達したにもかかわらず、なお同控訴人は催告指定期間内に右各金員の支払をしない、そこで同月二三日付内容証明郵便をもつて本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたところ、これは同月二四日同控訴人に到達したから同日の経過によつて本件賃貸借契約は終了した旨主張する。

ところで、〈証拠〉によると、控訴人成川が昭和四二年三月中に被控訴人方を訪れ、同人の妻はるに対し同年一月から六月までの賃料の支払を申し出て現金を提供したところ、右はるから金五〇万円の更新料と同時でなければ受領できない旨強く拒まれたことを認めることができ(る)〈証拠判断省略〉。

右認定の事実によると控訴人成川は少なくとも賃料に限れば被控訴人に対し現実に提供したものというべきところ、賃料とともに前記約定によるいわゆる更新料を同時に提供しない場合には本件賃貸借契約における賃借人の債務の履行の提供といえないかどうかが問題となる。前記〈証拠〉によると本件更新料の支払契約は、たまたま同控訴人が事業資金を必要とするため、本件土地上の建物を他に担保として提供するについて被控訴人に地主の承諾印をもらいに行つた機会に被控訴人の妻はるの要求によつて締結したもので、はるとしては単に世間並に更新料の支払を求めたに過ぎないものと認められるほか、とくに被控訴人に本件賃貸借期間満了を待つて土地の使用について異議を述べ、本件土地の明渡を求めることのできるような正当の事由があり、控訴人成川もこれを承認しいわゆる更新料の支払をすることによつて契約の更新を図つたというような特別の事情を認めるに足りる証拠は全くない。

このような事実関係から考えると、本件賃貸借契約法定更新により当然当初の約定期間を超えて存続すべきところ、本件更新料の支払契約は、賃貸借契約の存続を条件とするとしても、更新料の不払が本来の賃貸借契約の消滅をもたらすようなものではないと解するのが相当である。すなわち、本件におけるいわゆる更新料はたかだか被控訴人において土地賃貸借契約の期間満了時に有する異議権の行使を放棄する対価に過ぎないというべきで、この支払の遅滞により本件更新料の支払契約を解除して異議権を行使することができると解する余地はあつても、本件更新料の不払がそれにもかかわらず法定更新された賃貸借契約の債務不履行に当るものと解することはできない。したがつて、控訴人成川の賃料のみの弁済の提供が本件賃貸借契約において賃借人の債務の履行遅滞となり、債務不履行になるということはできない。

してみれば、前記認定のように控訴人成川において昭和四二年三月中に被控訴人に対し同年一月から六月までの賃料を現実に提供した以上、同年六月分までの賃料については遅滞の責を免れるというべきところ、被控訴人が昭和四二年一〇月一三日付で控訴人成川に対し前記更新料金五〇万円および同年一月から九月までの賃料の支払請求をし、催告指定期間である同月二三日までに同控訴人がその支払をしなかつたため、被控訴人がさらに同月二三日付で本件賃貸借契約解除の意思表示をし、これが翌二四日同控訴人に到達したことは当事者間に争いがない。そして、控訴人の妻はるの前記認定のような賃料のみでは受領しない強い態度と本件口頭弁論の全趣旨を合わせ考えると、右催告もまた賃料のみの提供では受領しない趣旨であることが明らかで、控訴人成川としては、たとえ、賃料提供の意思があつても被控訴人の受領が全く期待できない状況にあるといわなければならないから、このような催告は賃料支払の催告として効力を生じないといわなければならない。したがつて、有効な催告のあることを前提とする本件賃貸借契約の解除権は発生しないというべきである。

被控訴人はなお控訴人成川が原審第八回口頭弁論期日において昭和四三年一一月一五日までに更新料および延滞賃料を支払う用意がある旨陳述しながら、右期日を経過しても更新料はおろか賃料の支払すらしないと非難するけれども、被控訴人において本件賃貸借契約の解除による終了を主張し、本訴を維持している以上、たとえ、同控訴人が右期日までに更新料および賃料の提供をしたとしても、その受領はほとんど期待できないといわなければならないから、まずもつて被控訴人が更新料および賃料の受領の意思を表明すべきで、これをしない以上、同控訴人の態度を債務不履行として非難するのは当らない。

四以上のとおりであつて、本件賃貸借契約が解除により終了したことを前提とする被控訴人の控訴人らに対する請求部分はいずれも失当であるといわなければならないが、被控訴人はなお控訴人成川に対し昭和四二年一月一日以降本件賃貸借契約が解除されたと主張する同年一〇月二四日までの賃料を請求するところ、この部分の請求は理由があるので、原判決を変更することとし、訴訟費用については民訴法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、請求認容部分について仮執行の宣言は付さないこととし、主文のとおり判決する。(桑原正憲 寺田治郎 浜秀和)

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